J 「和道十全の道。和楽の路。合楽理念による間違いない人間の幸福。合楽の生アルバム。」
昭和五十七年三月十日 朝の御理解
X御理解 第三十六節 「日本国中のあらゆる神を、みな信心すると言うが、それはあ まりの信心じゃ。人に物を頼むにも、一人に任すと、その人 が力を入れて世話をしてくれるが、多くの人に頼めば、相談 に暮れて物事はかどらず。大工を雇うても、棟梁がなければ ならぬ。草木でも芯というたら一つじゃ。神信心もこの一心 を出すと、すぐおかげが受けられる。」
金光様の御信心を、本当に頂いたら一心に定めずにはおられぬほどの内容をもっておるのが金光教の信心だと思うですね。
それには今迄かって聞いた事のなかった、本当にそういう宗教があるならというような、内容をもっておるからです。
いわゆる合楽で、ま、言われます和道十全の道だ。昨日延岡の工藤さんていう方からお電話がかかってきた。この方は創価学会の、夫婦で熱心な、夫婦というよりも、一家で、ま、創価学会に熱心に傾倒した方で、いわゆる、勉強もされて人にも伝えていけれるような、ま、実力者であった。それがある問題を抱えておられる事からお導きを頂いて、合楽に熱心に参ってくる。主人は暫く金光教の信心を頂きたいというてそうですね、まあ、十日か二十日くらいここに居られましたでしょうか。というくらいに、ま、合楽の信心に傾倒していっておられる。
先だってある用件があって、元の信者友達である、いわゆる創価学会の幹部のお宅にやらせて頂いたら、もう、工藤さんいい加減で創価学会に帰ってこいとこういわれた、ね。ところが工藤さんがいわれるのに、実は今、こうして合楽教会におかげ頂いていってるが、もう、今迄創価学会で聞いてきたお話ではない。
本当に人間が人間らしう助かっていく、しかも、絶対の道が合楽で、私は心が開けてきた。というて合楽で受けた教えを話されたら、もう、びっくりされた。
本当にそげな宗教があるじゃろか、ち、言うてたまがられた、ち。なら、今晩は延岡分会の共励会になってるから出ておいでといって夫婦誘うてまあ、田中先生のとこでしょう、延岡の、行かれてもう、それこそ共励会が終わったけれども、とにかく、もう、十二時過ぎても帰ろうとなさらない。本当に素晴らしいお話だとして、ま、感動されて、今度あなたが合楽にお参りする時に、自分も乗せて行ってもらって一緒に合楽にお引き寄せ頂きたいというほどしのおかげを頂いた事を、喜びいっぱいで昨日電話がかかってきたんです。こういうおかげを頂いたと。
やっぱりこれも、田中先生からでしたけれども、その、今度丁度あちらに光昭が行とりましたから、もう、光昭先生のお話を頂いて皆が、本当に目が覚めたようなおかげを頂いたというてまあ、お電話がかかってまいりましたが、ねえ。そういう内容をもっておる内容に触れて、自分もそして実験実証が出来てね、いうならば、和道十全の道。そりゃ、いろんな宗教があるけれども、十全とは言えない。
これは私が,いつも言うように、ひと言、ふた言じゃありませんけれども、例えば00宗は精進潔斉して、こういう物は食べちゃいかん、してはいかんといったような事がある、ね。かと思うととても人間生身をもっておる者では、とてもできそうもないような戒律があったりして、いうならば、というともう、その事だけでも十全ではない事になるのです。
金光様の御信心は本当、深くわかれば、わかるほどなるほど、これが本当の十全の道だな、しかも和道十全の道だなと、いわゆる,最近ここでも言われる、和楽の路なんだ。その和楽の路を極めて行こうと、そこに腹が決まってね、その精進をはじめだしたら、ね、いわばはじめて、金光教の信心の素晴らしい事、合楽理念の間違いない人間が幸福になっていけれる、誰でもその気になると幸福になれれる路が説いてある やはり、いろんな宗教を勉強してきた人達の場合はかえって、だからよくわかるのじゃなかろうか。
久留米の石田さんなんかでも、やっぱりお医者さんですけども、あらゆる、いろんな宗教を研究されたそうです。奥さんは長年生長の家の宗でもあったという事です。
ですから、勉強しておるから、ここんにきもう一押し、ここが足りん、ここんにきがどうかという、疑問になっておったものがスキッ!スキッ!とこう合楽の場合はそれがスキッとしていくわけなんです、ね。教えられるわけなんです。
だから、いわば、合楽に本当の意味でも傾倒が出来るようになってくる、ね。
だから、そういうふうにして、傾倒していったら、今日の御理解じゃないけど一心に、いうなら、定めずにはおられない。
金光教一本、合楽一本とこう定めずにおられなくなってくるのだという内容をね、皆さんがやっぱり人にも説明が出来るくらいにひとつ、頂かなければね。
一本でないならば、まあだ、まあだ、なら、金光様を信じていないのだ。合楽理念を、本当の実験実証者じゃないと言われても仕方がない。昨日は行橋支部の方が皆で参ってまいりました。支部長であります堀内さんがお届けを致しますのに、合楽理念の実験実証という事はおかげを受けるという、いうなら御利益を受けるという事だけでなくて、どのような場合でも、心がすっきりする事ですねえというのです。
一日いろんな、願っただけでも右と願って左、左と願って右となる一日であってもです、合楽理念に基づいてそれを実験実証さして頂いておると、答えはすっきりしたものですというのです。うん、そうじゃんの、というてまあ言うた事でした。
zそんな心を神様に御礼申さして頂いておりましたら、カ-テンがずうっとしまっておって、カ-テンのすき間からそれこそ一筋の光が部屋の中にす-っと射してきたお知らせを頂いたというのです。なるほど、今日一日はまあ普通で言うなら、真っ暗い思いをするような一日であったけれども、合楽理念の実験を一生懸命させて頂いておったら、どこからともなしにいうなら、一つの光明が、光、がね、そのすき間からす-っとこう一筋入ってくるお知らせを頂いて、いうならば、なるほどすっきり、このカ-テンが取り払われて明るくなった時にはもう、いよいよいうなら、十全のおかげも頂けるという事になるのじゃないでしょうか。
はあ、願い通りになった、実証という事は只おかげを受けたという事だけが実証ではなくてですね、人間の思いではわからない働きがおきてくるその働きを働きと受けとめるという事でしょう。
一日をしめくくった時に本当思うようには、なら、ね、右が左、左が右とい事でしたけれども、合楽理念を実験させて頂きながらの一日であったから答はすっきりとしたものであった。それは丁度ね、暗い部屋にカ-テンが閉め切ってある。そのカ-テンのすき間からもれてくる一筋の光明のようなものである。
これが取り払われ開かれる時に、ね、いわゆる十全のおかげともつながってくるといいうわけであります。
昨日研修が終わった後でしたけども、中村アツ子先生がお届けに出て来た。今朝からこんなお知らせを頂きましたと、まあ、こうわかりやすく表現しますと、普通あの人はどこどこの生き字引といったような事を申しますね。
神様がz「生きアルバム」という事を頂いたというのですね。合楽の事がず-っというならば、様々な時どんな場合であっても写真にず-っとこう、いうならば写してある。それをみんな、これはこういう時で、これはいつのでしたというて説明出来るほどしのものだから、合楽をもっともっと、深く広くわからしてもろうて合楽の事、大体中村先生は甘木関係のね、甘木でも、ま、当時高弟といわれた矢野先生のお嬢さんですから、ね。それが合楽に修行に見えて中村先生との結婚という事になって中村姓をなのっておられるわけですけれども、ね。
お広前の御用は勿論ですけども、勝手の方の御用いうなら、すみからすみまで御用しておられる先生です。ですから私共夫婦の事、私が裏へさがってからの事の、まあいうならば、ぞっこん知っておられるわけです。
先だって東京からお参りになった御信者さんが中村先生から合楽の親先生が自分の自宅にさがられてからの、まあ、始終の話を聞かれてそれこそびっくりされたとい事です。私が裏へさがってからのお広前だけの私ではなくて、裏へさがってからの私。
それを知っておるのは勝手の方の御用をして下さる二、三人の女の先生方だけでしょう、ねえ。それこそ合楽の生きアルバムである、ね。というようにです、いうならば、まあこれはその、私の事やら教会の事がくわしくなるという事ではなくてたいねいうならば、合楽理念の生字引といわれるくらいに、ひとつ合楽理念のぞっこん覚えるという事、ね。
ぞっこん覚えても、なら、又、明日は違う御理解ですから、それを頂く事の喜びとか楽しさとかいったようなものが、はあ、今日の御理解は本当にはじめてだった。ああそこをわからせて下さったというように皆さんがわかっていく楽しみがでけていったら、私はもうそれこそ今日の御理解じゃない、も、合楽一本にしぼらなければおられなくなってくるのじゃないでしょうか、ね。
しぼらにゃおかげは受けられん、もう合楽一本にしなおかげは受けられんばいといわれて一本にしぼるのではなくて、合楽の事がです、それこそすみからすみまでわからせてもらう、合楽理念は難しい勉強じゃない、ね。いわゆる和道十全の道があらゆる角度から頂かれて、和道十全のおかげを受けられる、その生き方が説かれるのである。限りなく楽しいもの、限りなく有り難いものでなからなきゃならんのであるね。
そして、なら人に例えば問われた時にです、それこそ生長の家を勉強した人であろうが長年その信心に帰依しとった人でも、創価学会に帰依しとった人でも、合楽のお話を頂いたら本当に、そういう宗教があるならと相手に思いをおこさせるだけの私は信心の勉強ができなきゃいけない。
為には自分自身が一心と定めるおかげを頂いて、まあ、それこそね、右が左、左が右になる、そんな事は問題じゃない。合楽理念の実験をさせて頂きながらの答そのものです、すっきりとした心で受けとめれるような信心を身につけて頂きたいね。
今日は皆さんに一心と定めいといわれるから定めるのじゃなく、金光様の御信心を本当に頂いたら一心と定めずにおれない。とりわけ合楽で頂く和道十全の道という、いうならば信心を、ね、身につけていく喜びがだんだんわかってきたら、もう、一心と定めずにはおられんのである、ね。そこからいわば、すぐにおかげが受けられるという本当のおかげの道が開けてくると思うのです。
いよいよ和楽の路を合楽理念に基づいて踏み開かせて頂くね。それになら、自分の心の構え一つである。わかるわからんは、いうならば構え一つである、ね。
そのいうなら、構えというか姿勢をもって合楽通いが楽しいもの、有り難いものになってくる時、ね、人にもまあ、いうならば、感銘を与え感動を与えられる、いうならば、お話もできるようになり、又、おかげも頂けるという事であります。
どうぞ。